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※=写真家・大森今日子氏による撮影
昨年から担当しておりました、Y邸が無事竣工いたしました。
この住宅は北九州市内の約30年前に建てられた日本家屋と同じ敷地内に増築として計画が進んでいました。周囲が緑豊かな環境に囲まれた「日本間」、「洋間」が隣り合う、
二間つづきの家です。
従来、日本の民家には畳の間が、ごく自然な存在として家の中に存在しました。
畳は日本を喚起させる普遍性をもち、一度体験したことがある人なら誰しもがその風合いを想像できる存在です。「現代の和風住宅」とは畳で構成された「日本間」と板の間で構成された「洋間」が隣接する家であり、正座文化と椅子文化が近接し、おおげさに言えば時代や様式が異なる要素が隣り合う状況そのものだといえます。さらに真壁造(柱を見せて壁を構成した造り方)では、壁はほとんどなく、場の印象は建具とその周辺の柱を含めた枠材に委ねられます。
今回はその日本間と洋間を繋ぐ建具は戸襖とし、和室側から見ると襖、洋間側から見ると板戸に見えるような建具を採用しました。建具枠も同様に日本間と洋間で色調を揃えて素材を切り替えることを試みています。
洋間から見た戸襖
日本間から見た戸襖
さらに柱を含めた枠材の中でひと際「和風」を意識させる存在として「長押」が挙げられます。
長押はもともと、柱を繋ぐ構造的な横架材の一つでした。
十分な強度が期待できなかった時代の日本木造建築において柱をしっかり立てておくために、柱の両側から横材を当て、釘で留めたのが、長押の始まりといわれています。
中世になると、外国から様々な構法が取り入れられ、長押がなくても建物の強度が十分に確保できるようになり、中世以降、長押は飾りへと変化していきました。
奈良時代以降の寺院建築にも使われており、鎌倉時代に中国から伝わった様式である大仏様、禅宗様では見られないため、和様の特徴になっています。
また書院造では必ず長押を打ち、茶室には用いられないため、その影響を受けた数寄屋造りでも省略されます。
普段、何気なくそこにある建築の一部ですが長押は柱や梁よりもその時代の様式や、格式、和風を定義する大切な要素であるとも言えます。
現代における「長押」の役割はその「和風」を創りだすことと同時に空間に調和をもたらす役割を担っているのではないでしょうか。
今回洋間に設けた庇は単なる装飾ではなく多様な状況を受け入れる「しなやかな水平線」として、
この場に奥行きと、調和を与えてくれる存在になっていってくれることを期待しています。
この庇のような、鴨居のような、枠材をいつか様々な意味をもった「現代の長押」とも呼べるときが来るかもしれません。
洋間側に設けた庇
私にとって日本で初めて実現した建築とあって、出来上がった瞬間はどこか感慨深く、
次第に建築という単なる 無機質な物質ではなく、なにか体温をもったかけがえのない存在になっていきました。
海外から帰って来て、初めて実現したプロジェクトにどこか忘れかけていた日本建築の素晴らしさを教えてもらったような気がします。
これからも永く、永く、この建築を見守って行くと同時に、自らのスタートラインとして一緒に良い年を重ねていけたらと思います。
今回の設計に携わっていただいた皆様に感謝です。
ありがとうございました。
(穴井)