近畿大学 産業理工学部 の小松礼道です。
この度、古森弘一建築設計事務所(以下、古森事務所)にて、2021年3月1日から19 日にかけての3週間ほど、インターンシップとして参加させていただきました。この場をお借りして学んだことなどを、 稚拙な文章ではありますが書き留めさせていただきます。
■古森事務所との出会い
私は福岡から遠く離れた長野の地で生まれ育ちました。長野と福岡は約1000キロメートルほど離 れており、福岡の地に大学生として居住するまで、九州がどのような場所か、想像もつきませんで した。
近畿大学福岡キャンパスの学部へと入学した私ですが、以前から福岡について興味を持ってお り、入学後に福岡市内を歩いて散策していました。 天神から舞鶴公園を抜けて六本松辺りまで歩いた時、私は一つの建物に出逢います。 それが古森事務所が設計された、福岡県弁護士会館です
人口が3千人も満たないような村で生まれ育った私には、博多や天神の活気やビルに圧倒されて いましたが、この建物はそれを凌ぐほどの強烈な印象として残りました。 駐車場へ大きく迫り出したホールや、異なる磨き方によって研磨され、見る距離によって表情を 変えるステンレスの外観。左官の仕上げによる、モダンだけど柔らかい空間が広がっている内 部。福岡県弁護士会館が頭から離れず、気になって建築の雑誌で調べたことが、古森事務所を知る きっかけとなりました。
それから月日が経ち、私は将来について考えるようになります。元々建築が好きであった私です が、大学で建築について学ぶにつれて、設計の事務所にお勤めし、生涯に渡って設計のお仕事を したいと思うようになりました。
しかし、大学では、建築についての専門的な知識は学びますが、そのリアルな部分においてはほ とんど教わることがなく、「私がやりたいことは本当にこの道なのか」という疑問が大きくなっ ていきました。
百聞は一見にしかずと思い、大学の教授へインターンシップに参加したいと相談したところ、紹 介して頂いたのがこの古森事務所です。
こんな偶然はあるのか!という驚きと、果たして自分は通用するのかという不安。そして第一線 で活躍されている事務所に行くことができるという期待を胸に参加しました。
■古森事務所
古森事務所は北九州市の小倉の市街地にあり、福岡を中心に地域に密着した建築設計事務所で す。クライアントはもちろんのこと、業者の方や地域の方、バイトにくる学生さんなど、さまざま な人との繋がりやご縁を大切にしている事務所であると感じました。
そのことを特に感じたものとして、お昼休憩があげられます。 お昼になると、バイトの学生も含めて一つのテーブルを囲ってご飯を食べます。 そこでは笑い話はもちろんのこと、時には貴重な経験談を語って頂いたりもして、学生にも対等 に向き合って会話をされていると感じました。
また、建築見学の際に施主の方にお聞きした話では、建物が完成した後もクライアントと事務所 のスタッフさんが一緒になって草刈りをしたり、時には花火やお花見もしたりと、関係を大切に してくださっていると伺いました。一般的に建物は建つまでに注目され、完成後は放任されがち ですが、私はこのお話やスタッフさんとの会話の中で、完成後の時間経過もまた建築であり、そ の中でユーザーが編み出すストーリーによって建物に付加価値がつくのだと感じ、生涯ずっと繋が りを大切にしている古森事務所に感銘を受けました。
そして、事務所の皆さん同士の仲も非常に良いと感じました。 スタッフさんはがそれぞれ異なるプロジェクトを担当していますが、各プロジェクトの会議やミー ティングなどには担当を超えて全員が参加して一緒に考えており、しっかりと情報共有がされてい ました。月曜日、金曜日には各スタッフのスケジュールの確認や打ち合わせなどもされていて、緊 密な連携が取られているように感じました。困った際はスタッフが集まって相談に乗っていた り、笑い話をしたり、時にはスタッフの誕生日をケーキでお祝いしたりなどもしていました。
仕切りの無い大きなワンルームの事務所にはたくさんの観葉植物が置かれ、おしゃれなカフェさ ながらの空間となっており、リラックスしながら作業を進めることができました。
古森事務所の特徴として、大型複合施設から住宅、納骨堂などといった特殊な建物まで、多岐に わたって設計をされていることが挙げられます。設計事務所は一般的に専門分野があり、住宅を中 心に扱っていたり、公共建築を中心に扱っていたり、中には幼稚園を中心に扱っていたりする設 計事務所もあります。
スタッフの方のお話では、毎回が挑戦であるとのことで、新しい分野の建物を設計するときは正 直わからないことも沢山あるが、スタッフと現地調査や建築視察、書籍による分析を入念に行 い、スタッフはもちろん、たくさんの方と打ち合わせをして設計をしていくとのことでした。
新しく挑戦していくとき、どんなものができるのかと心が弾み、挑戦していく中で生まれてくる発 見や成長が楽しいとも仰っていました。 挑み続け、更なる高みを目指していく姿に触れ、素晴らしい刺激を受けることができました。
■インターンシップの主な内容
インターンシップでは基本的にスタッフのお手伝いをし、模型製作を中心に活動しました。イン ターンに参加した時期はさまざまなプロジェクトが進行しており、図書館・劇場などを備えた大 型複合施設のリノベーション計画や、納骨堂のプロジェクト、幼稚園や住宅などが設計中でした。 インターン中はそのエスキスや打ち合わせに参加させていただくなど、プロの方が実際にどのよう に設計をしているのかを知ることが出来る、貴重な経験をすることができました。
また、古森弘一さんにご多忙の中時間を確保して頂き、一対一での面談を企画していただいた り、古森事務所の設計した建築を設計者や施主の方から直接案内いただいて見学させていただく など、大学では決して学ぶことができない貴重な学びをすることができました。
インターン中には3件ほど建築見学をさせて頂きました。設計された方やクライアントの方から直 接お話を聞くことができる、大変貴重な機会を設けて頂きました。今回は見学の中で学んだこと をいくつか絞って書き留めさせて頂きます。
・樹を掴む家
小倉の山麓に広がる静かな住宅街に「樹を掴む家」は佇んでいます。家の敷地は溜池の湖畔となっ ており、のどかで美しい水辺の風景と、遠方に小倉の高層ビル群の景色が望める大変美しい敷地 でした。北九州は日本最古の工業地帯。古くから皆さんご存知の八幡製鉄所など、鉄によって支 えられてきました。 設計にあたり、地域性がない家ではなく、北九州ならではのローカルアイデンティティを取り入れ たいとのことで、階段や手すり、なんと床の間も北九州の鉄で作られました。
襖などは酸化防止の保護をあえて使用していないとのこと。これにより、子供が遊びに来て床の間に乗り、手で触ることによって、その触れたところにサビが生まれます。これは経年劣化とも言え ますが、むしろサビが生まれることを楽しみにしており、経年進化と捉えています。 日本は新築が最も価値が高いと認識されがちですが、その概念を覆してくれる美学に触れること が出来ました。
学生の設計課題では平面、断面、立面のいわゆる3次元的な部分で完結しがちです。
時間という名のレイヤーが重なり、4次元として厚みが増していく そして人と共に建物も成長していくそこまで考慮して材料やプランが考えられていることを知り、大変勉強になりました。
この他にも、壁で分断されてしまう各部屋の空間が、人がギリギリ通れるような隙間を作ったり、床のレベル差を用いたりして緩やかに分節していることも印象に残りました。
・池田保育園
私は大学で幼稚園の設計課題を経験したので、この幼稚園の計画に対して非常に興味を持ちまし た。大学での設計は、図形としての敷地と制限があり、どちらかというと設計者側が一方的に提 案することが多くなります。 しかし、実際の設計ではクライアントの意向や気候、地理的条件など、さまざまな要因があるこ と。そして設計はこれらを汲み取っていく中で、形が決まってくることを知り新鮮に感じました。 今回の見学ではこれらの背景なども説明いただき、特に面白いと感じたところを書き留めさせて 頂きます。
保育園全体を見て感じたのは、様々なところに”ちょっとしたスペース”が設けられていることで す。園児は人それぞれです。みんなが外で遊びたいと思っているとは限らず、その日の気分によっ ても変化します。池田保育園では園庭にのびているデッキや、踊り場にある展望スペース、階段下 の絵本コーナーなど、多種多様な空間が設けられていました。
遊戯室は、お遊戯会などの年数回のイベントしか使われない傾向があります。そこで、お遊戯会以 外の日もたくさん使えるよう、工夫が施されていました。 遊歳室内の天井は構造を露出させ、壁は外廊下と同じ材を用いることで、半屋外的な空間を演 出。ステージも扇形にすることでオープンな遊べる空間になっていました。
幼児は成長が著しいのが特徴ですが、その成長に合わせて場所ごと寸法を変えるなど、非常に細 やかなところまでこだわって設計されていることが伝わり、圧倒されました。
・西法寺納骨堂
私はこれまで納骨堂に足を踏み入れたことはなく、どのような建物なのかも知らなかったため、 西法寺納骨堂の見学はとても興味深いものとなりました。
西法寺納骨堂は「格差のないカタチ」と「100年の使用に耐えるカタチ」をテーマに設計されま した。 「格差のないカタチ」については、本尊を納骨壇のある2、3階には設けず、1階に配置していま す。これにより、本尊との遠近による「上下」がなくなるように工夫されています。 また、「100年の使用に耐えるカタチ」については、外壁は性能の良いプレキャストコンクリート 板を用いることで、デザイン的な美しさも兼ね揃えて実現されているとのことでした。外壁板は互 い違いに設置され、その間から柔らかな光が差し込んでいました。静かでモダンな空間ではある ものの、同時に柔らかさもある神秘的な空間となっているように感じました。
大学の設計課題でよく条件に組み込まれるコンクリートですが、コンクリートはそもそもどうい うものなのか、実際にどんな工程を踏まえて完成していくのかも知ることが出来ました。
■学んだこと
古森弘一さんの言葉に、「他力デザイン」というものがあります。 施主や多くの協働者の力によって編み出すデザインのことであり、多くの知恵が混ざり合うこと によって、これまでに得ることのできなかった時間を超えた強度が生まれると仰っています。古森 さんが生まれ育った北九州の地で、コミュニケーションを通して地元を繋ぎ、設計者として束ねて ひとつのカタチにすることが古森さんの流儀とも仰っていました。
これまで私は、設計者に一番求められることは設計のセンスだと考えてきました。また、設計事 務所では図面を描いたり、デザインを検討したりすることがほとんどであると思っていました。 実際にはクライアントとの打合せや施工業者との打ち合わせにも多くの時間が費やされており、 まるで交渉の駆け引きをしているようにも感じました。
面談の中で古森さんに「建築家の本丸は、コミュニケーションにある。そしてそのコミュニケー ションで重要なのは、どれくらい意思疎通できるかである。」と指摘を頂きました。
デザインは、クライアントからの要望や意向、気候や地理的条件、課題などのさまざまな要因か ら自然とカタチが決まってきます。そして、意匠的な部分において地元の技術や業者とのやりとり の中で、多くの知恵が混ざり合いデザインが生まれてくるアプローチがあるのだと知りました。
そして、設計者にとって全ての土台となる部分はコミュニケーション能力であることを学びまし た。
AI技術が急速に発達し、さまざまな作業が自動化されていく今日において、人間の価値はこれら の作業同士を繋いでいくところにあり、建築のみならずさまざまな業界でより一層求められていく のがコミュニケーションではないかとも古森さんは仰っていました。
私はこのインターンシップを通して、設計事務所とはどんな場所なのか、プロの方はどのように設 計されているのかを知ることはもちろんですが、建築に携わっていく上で必要となること、自分 に不足していることは何かなど、たくさんのことを学ばせて頂きました。
■終わりに
3週間に渡って参加させて頂いたインターンシップですが、毎日が楽しく、時には自分の非力さを 痛感することもありましたが、たくさんの学びがあり本当にあっという間に感じました。 私にとってこのインターンシップの3週間は、かけがえのない貴重な経験となりました。
最後になりますが、ご多忙のところ快く受け入れて頂き、手厚く対応してくださいました古森建 築設計事務所の皆様をはじめ、バイトの皆さん、施主の皆様に、この場をお借りして深く感謝申 し上げます。
ありがとうございました。